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よしだのブログ

サブタイトルはありません。

信用について

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大阪に出張できている。

 

最近は個人的に出張シーズンで、大阪には何度も来ている。いつも探しているビジネスホテルは、出来るだけ梅田に近くて便利で安い。あと、有る程度の広さがあればいいのでアパとかよく使っていた。最近は特に土曜日が高いので少し離れたところ、淀屋橋とか本町とか心斎橋とかにも泊まる。

 

朝食には全然こだわりがなくて、コンビニのパンでいいから、宿泊について無くてオーケーだが、たまたま今止まっているホテルは朝食つきで、毎朝いただいている。ホテルの朝食の風景は、なかなか興味深くて、ほとんど八割型アジア系の外国人ばっかりがオニギリとか食べている。様子を眺めていると、ほとんど日本語は話せなさそうな様子の人ばかりで、言葉も話せないのに中々のチャレンジャーだなー、とボケーと眠い目で見ていた。

 

でも、よくよく考えてみると、自分自身も新婚旅行もその次の年も、二年連続で、イタリアに行ったことがある。もちろん、イタリア語は話せない。ちゃお、ぐらいのもんだ。英語は留学経験もあるので、生活に困らない程度には話せるという自負はあるので、まあ、イタリアでも英語ぐらい話せる人はいるだろー、という軽い気持ちで向かった。結果は、全然困らなかったわけだが、一緒に行ったフランスでは全然通じないというか、聞く気がない人が多くていろいろ参った。

 

で、信用の話。

 

マジメに考えると、イタリア語圏で、多少英語が話せれば大丈夫だろうとか、全く何の根拠もない。ただ、まあ、テレビとか聞いた話とかで、英語が有る程度の通じるとか、イタリア人は親切だから大丈夫とか、そういうのを当てにして行って、結果大丈夫だったわけだけど、失敗してミラノのドゥオーモの前で立ち往生する可能性もあった。いや、マルペンサ空港から出られなかったかも(笑)。空港では、散々さまよった結果、親切なイタリアのお兄さんに助けられて、無事高速バスで脱出することができた。

 

そういう、大した根拠もなくても、まあ、大丈夫だろうと信じられるのが、信用の本質なのかもしれないと思った。根拠はゼロに近かったわけだけど、信用に足る人や、メディアや色んなところから繰り返し得られる話しの積み重ねが、私の心のなかにイタリアという国に対する信用を生んだと。結果、ろくすっぽイタリア語もマルペンサ空港も調べもせずに、錆びついた英語一つで突撃しても、なんとかなった。

 

そう考えると、信用ってようするに”おまかせ”しても大丈夫、ってことなんだろうと思った。その旅行先の国の人達に頼って、ナビゲートをある程度お任せしてしたり、しても大丈夫、って思ったんだと思う。仕事での信用でもおそらく同じで、信用がおけるってことは、細かいこと言わなくっても上手に意図を拾ってくれて大体大丈夫と思っているので安心、とかそういうことなんだと思う。結果、お客様から継続的に仕事をもらえたり、多少高くても買ってもらえたりする。信用って、だから、日々の気遣いだったり、意図を読んだりとか、積み重ねることが必要なんだと思う。

 

外国人旅行者から信用してもらえる、日本ていい国ねという話でした。